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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1648号 判決

控訴人 羽石光一

控訴人 八千代ミシン株式会社

被控訴人 中央信用金庫

右訴訟代理人弁護士 刀禰太治郎

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用中、控訴人羽石の控訴に関する部分は同控訴人の負担とし、控訴人八千代ミシン株式会社の控訴に関する部分は同控訴人の負担とする。

事実

控訴人らはいずれも「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記を附加する外、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人羽石の主張)

被控訴人の控訴人羽石に対する本件手形による貸付は、同控訴人に対し貸付と同時に大蔵省通達によって禁止された多額の拘束性預金、即ち定期預金一〇万円及び定期積金一〇〇万円を創設させ、右貸付金四八万五、〇〇〇円から右定期預金一〇万円及び右定期積金の第一回払込金二六、五〇〇円を払込ませたいわゆる歩積、両建の禁止に違反するものであるのみならず、更に被控訴人金庫に対する出資金三万円及び利息金九二三一円まで控除した不当なものであるから、違法無効である。

(被控訴人の主張)

控訴人羽石の右主張事実中、被控訴人と同控訴人間の本件手形取引の際、同控訴人が被控訴人と一〇万円の定期預金契約及び一〇〇万円の定期積金契約を締結し、右定期預金一〇万円及び右定期積金の第一回払込金二六、五〇〇円を払込んだことは認める。しかし、その余は争う。

被控訴人と控訴人羽石間の本件手形取引は手形割引である。而して右手形割引は大蔵省通達による歩積、両建の禁止に違反するものではなく、全く正常な取引である。即ち、本件手形割引当時の大蔵省の「歩積、両建預金の自粛措置」についての通達(昭和四一年一〇月三一日大蔵省銀行局長通達第一、四五八号)によれば、手形割引に関する自粛の対象となる歩積、両建預金とは「手形割引に際して徴求されている歩積預金又は根担保預金もしくは見返、見合預金で、その程度が過当なもの」と定められており、又右過当なものとは「歩積預金については商慣習上是認される限度をこえるもの、根担保預金等については不渡発生の場合の危険を担保するために必要な最低限度をこえるものをいう。この限度は手形の内容等に応じて異なることは当然であり、且つ預金以外の担保の有無、その担保の種類、価額等を勘案して定められるべきである」と定められている。そこでこれを本件についてみると、本件手形割引は被控訴人が控訴人羽石とした最初の取引であり、且つ本件手形は信用度の高い企業が振出したものではなく、不渡発生の危険性が強いものであるうえ、なんらの物的担保の提供もなく、又本件手形割引の際、被控訴人と控訴人羽石間で締結された信用金庫取引約定につき同控訴人が提供した連帯保証人二名はいずれも資産を有しないものであるから、被控訴人は本件手形金債権を保全するため、やむを得ず必要最小限度の対策として同控訴人に対し前記一〇万円の定期預金契約を締結させたものであるところ、右定期預金の本件手形金に対する割合は約二〇パーセントであり、右定期預金に前記定期積金の第一回払込金二六、五〇〇円を加えても(右積金は歩積預金ではないが、仮にこれも歩積預金であるとしても)右割合は約二六パーセントであるから、その程度は決して過当ではなく、むしろ低すぎる位である。従って右定期預金及び定期積金の払込は前記通達に違反するものではない。のみならず被控訴人は、更に前記通達の趣旨に則り、本件手形金のうち前記拘束預金に見合う部分については低率の金利措置を施している。即ち右通達によれば、自粛の対象となる歩積、両建預金については自粛措置として、当該預金と貸付金とを相殺すること、当該預金の拘束性を解くこと及び金利措置をとることのいずれか一を実行することが要請され、又右金利措置については「手形割引に際し歩積を徴しているときは、その預金額に対応する部分の手形割引金利は日歩二銭又は約定金利より日歩四厘低い金利のうちいずれかの低い金利とすること」と定められているところ、被控訴人は前記定期預金及び定期積金は自粛の対象とならない拘束性預金ではあるが、なおこれについても自粛措置として右金利措置をとることとして、前記通達の趣旨をおりこんだ金利表を作成し、右金利表に従って本件手形割引を行ったものであるから、右手形割引はなんら違法無効なものではなく、全く正常な取引である。

仮に本件手形割引が前記通達に違反するものであるとしても、右違反のみを以ては直ちに右手形割引の私法上の効力を無効たらしめるものではない。

(証拠)〈省略〉。

理由

当裁判所は、当審における証拠調の結果を斟酌し更に審究した結果、被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断するものであって、その理由は左記のとおり附加する外、原判決の理由の説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人羽石の当審における前記主張に対する判断)

被控訴人と控訴人羽石間の本件手形取引の際、同控訴人が被控訴人と一〇万円の定期預金契約及び一〇〇万円の定期積金契約を締結し、右定期預金一〇万円及び右定期積金の第一回払込金二六、五〇〇円を払込んだことは当事者間に争いがない。そして、右事実に前記引用部分において、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。即ち、被控訴人と控訴人羽石間の本件手形取引(被控訴人が同控訴人から本件手形の裏書譲渡を受けたこと)は本件手形の割引であって、これは同控訴人が被控訴人に対し金一万円の出資をすることを約して、前記引用部分において認定した被控訴人主張の手形買戻及び損害賠償の特約を含む信用金庫取引約定を締結し且つ割引料を後日支払うことを約諾したので、被控訴人が本件手形を割引くに至ったものであること、ところが本件手形の割引は被控訴人が控訴人羽石とした最初の取引であるのに、本件手形は信用度の低い企業が振出したもので不渡になる危険性が強いものであるうえ、同控訴人はなんら物的担保の提供をせず、又右信用金庫取引約定につき同控訴人が提供した連帯保証人二名はいずれも資産を有しない者であったこと、そこで被控訴人は、本件手形割引に因る被控訴人の権利を保全するため、金融機関としての商慣習に従い、右手形割引と同時に、控訴人羽石と合意のうえ、同控訴人名義の金額四八万五、〇〇〇円(本件手形の額面と同額)の普通預金口座を開設すると共に同人名義の一〇万円の定期預金及び一〇〇万円の定期積金契約を締結し、右普通預金口座から右定期預金一〇万円及び定期積金の第一回払込金二六、五〇〇円並びに前記出資金一万円の各払込をさせたこと(従って、右預金及び積金の合計額一二万六、五〇〇円の本件手形金四八万五、〇〇〇円に対する割合は約二六パーセントとなること)、また本件手形割引の金利については、被控訴人はかねてからその主張のような大蔵省通達の趣旨を尊重し、同通達に定める自粛措置としての金利措置を含めた総合金利表を作成したので、(右金利表は、被控訴人が大蔵省から認可を受けた金利以下で且つ拘束性預金に対応する部分の手形割引については金利を日歩二銭とし、これに右預金と手形割引金の比率及び手形の種類等を勘案して作成した総合金利表である)、本件手形割引も右金利表に従って行ったものであって、これによれば本件手形の割引料は金九、二三一円であることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件手形割引の際、被控訴人が徴求した前記拘束性預金は金融取引の商慣習上是認される限度内にあるもので、被控訴人主張の大蔵省通達に定められた自粛の対象となる歩積、両建預金には属せず、又手形割引の金利も不当なるものではないものというべきである。そうとすれば、被控訴人の本件手形割引は右通達に抵触せず、仮に右通達に抵触するとしても、右通達は大蔵省の金融機関に対する行政指導であるにすぎないから、右行政指導に従わなかったからといって直ちに本件手形割引が私法上違法無効となる道理はなく、又前記認定の諸般の事情に鑑みれば本件手形割引が公序良俗ないし消費貸借の要物性に違反するものとも考えられないから、いずれにしても控訴人羽石の前記主張は採用できない。

よって、以上と同旨で被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 古川純一 岩佐善己)

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